スースダイ、浅野です。
“コロナ”この単語を聞か無い日は昨今ありませんよね。
カンボジアでも同じです。
例えば1月下旬に港町のシアヌークビルで中国人旅行客の感染者が1名確認された日に、僕もシアヌークビルに居て、翌日帰って来たのですがスタッフから冗談で「コロナ大丈夫???」と言われました。
これは本当のコロナの始まりだったのかもしれません。
カンボジア政府はアムステルダム号の受け入れ後、市内の乗客のバスツアーを始め、性善説的にみんなコロナ患者なんて居ないを前提に受け入れるたくました。
それを僕が知る限りは多くのカンボジア人は好意的に受け止めており、お役に立てればそれで良し的な仏教精神が息吹いているんだな、と感じる経験となりました。
弊スタッフの一人は「いままで色々な国に助けてもらっているのだから、今度はカンボジアが助けれて嬉しい」と言っていました。
心の広いカンボジア。
が、状況は少しずつ変わってきているのかもしれません。
それはちょっと身近な存在にコロナが迫ってきているからなのか、煽り記事も影響してると思いますが、切ない経験が少しずつ自分も含め、広がってきているように感じる今日この頃なのです。
日本滞在時にサウナの「整う」影響により寝つきの良さなどで恩恵を得ていた僕は、サウナーになっています。
そして行きつけのサウナもあるのですが、行きつけ①に行くと、
受付「どこの国出身ですか?」
僕「日本です」
受付「では、どうぞ」
と今までにない会話が生まれました。
そして話を聞くとオーナーから中国人の入店は拒否するように指示があった、と。
18度の水風呂に浸かりながら「中国人の人は住みにくい町になってきているな」と他人事のように考えていました。
そして後日、行きつけ②のサウナに行くと、
オーナー「外国人は無理だから。帰って」
僕「え!?ずっとこっちに住んでるし、顔見知じゃん!ダメなの」
と質問しても、訝しげに「ダメダメ。帰って」と冷たくあしらわれる始末。
正直、傷つきました。
25歳くらいのとき、スイスで人種差別を受けた時のような辛さ。
さらにTwitterを見ているとある方が、
コーヒーを注文して30分経過しても出てこず確認すると、
「コロナには作らない」と言われた事件を知り、ローカルの知らないお店に行くのが怖くなってます。
これらの出来頃をスタッフやパートナーと話しても、その人がおかしいから気にするな、と言われるけれど、、、
拡大解釈ではありますが、怯えながら暮らす大変さを知りました。
マイノリティーとして生活する際、その情報が正しいかどうかは二の次で、
ちょっとしたほころびで、こうやって迫害が生まれ、差別が起こるのかもしれません。
だから逆に僕ももっと気をつけなければとも思いました。
そしてこんな時代だからこそ、
こんな雰囲気な今だからこそ、
国や肌の色やで関係なく、みんなで乗り越えて行けたらいいのにな、なんてプノンペンの片隅の路地裏で考えています。
マスクも無意味だとか言われているけれど、でも僕らにできる小さなことを少しでもできないかな。
そして今は特にシェムリアップは観光客が激減により、超絶泣きそうですが(SuiJohだけではなく町全体)年末には、コロナの時代があったよね〜ってみんなで笑っていられますように。