スースダイ、アサノです。
いま、僕はスヴァイリエン州に来ています。
その目的は、明日スヴァイリエンにあるキリングリールドの祭典を訪ねる為です。
明日5月20日は、カンボジアに祝日は数多くあれど、祝日ではありません。
が、しかし、僕は明日と言う日はカンボジアの歴史のターニングポイントの一つであり、関心を寄せられるべき日であると思います。
と言う僕も、この日を詳しく知り始めたのはこの数ヶ月なので、間違っていたらご教授下さい!
1975年4月17日、カンボジア民族統一戦線(ベトナム勢力を含むクメール・ルージュ)がプノンペンを制圧にした事により、内戦が終結し誕生したポル・ポト政権。
プノンペンを制圧したポル・ポトは、“富”の象徴であったプノンペン市民を一斉にバッタンバンなどの僻地へと追いやり、農業(しかも文明の利器である機器は“悪”とし使わず、人の手のみでの作業)立国を目指し、開墾作業が行われ始めました。当時、プノンペンは東洋のパリと呼ばれていたのですが、物の見事にもぬけの殻、ゴーストタウンと化したのです。
そして来たる5月20日、ポル・ポト政権はポル・ポト政権に背く人々に対し”厳刑“を下す取り決めが決定、施行された日となるようです。
つまり、この日から同一民族による同一民族の虐殺が始まった日とも言えます。
明日、5月20日は”ポル・ポト政権時代に行われた虐殺を忘れない日”とでも訳すのでしょうか。
これは現在の人民党政権時代(80年代の共産主義時代)に制定された日だそうです。
もちろん、プノンペンのキリングフィールドでも祭典は行われ、約300人の僧侶が供養に来るそうで、ここスヴァイリエンでも60人近くの僧侶による供養が行われるようです。
そして、地元の学生により当時の再現演劇も行われるそうです。式典は朝7時からです。